上海・蘇州、三泊四日の旅その2

翌3日目、蘇州観光
運河と庭園で知られる美しい水の都・蘇州。古くは江南の都市として栄えてきた。今日は一日たっぷりの見学だ。ホテルに8時10分に迎えのガイドが到着し、別のホテルでオプションツアー客と合流。約20人弱の人数だった。昨日と同じ顔ぶれもあり。
上海から距離にして約100キロ、時間にして1時間30分のところ。上海を出るまでの高速道路から見える景色は約30階建て強と思われる高層マンションが林立し、しかも地震のない土地柄だけに軟弱な積み木細工の建物ばかり。高速道路の橋桁も細くてチョイ乗せ程度。とても日本では考えられない代物だった。
約30分も経たぬうち広大な原野に変わり、バスは時速100キロと思われる猛スピードで突っ走っていく。
蘇州に着いてからは全く高層マンションは見当たらず、一戸建ての古い個人商店が目立つようになった。

★拙政園
蘇州四大名園の一つで、明代に造園された蘇州最大の庭園。明代の高級官僚だった王献臣が造園。一説によると皇帝からの賄賂によって造られたから拙政園と呼ばれたとも云われている。
園内にはいたるところに水路が設けられ、楼閣や回廊などが水辺に映し出される光景は風雅であった。庭園いたるところに大湖石が配置され、東屋から四季折々の景色を楽しめるようにと設計されていた。
春になれば、さぞかし花が色を添えそうだ あの独特な竜が舞い上がるような瓦屋根
池に映し出される景色が美しい 自然が額縁

★寒山寺
その昔、鑑真和上や空海も修行したと云われる漢詩で名高い禅宗の古刹。517年に建築されたがその後幾度も焼失し、現存する建物は清代末のもの。唐代の僧、寒山がこの寺に住んだ後にその名にちなんで「寒山寺」と改名。寺としてはやや狭いが今尚修行が行なわれている。漢詩を書いた碑石が転写されるの防止するために本物はガラスで覆われているが、書道愛好家にとっては魅力的な場所であろう。バスを降りると売り子がしつこく絡んできた。「安いよ〜と」
正面入り口 正面入り口の運河に掛かる橋
境内、後方に五重塔(晋明塔)。実は日本からの寄贈 これは複製だが、『楓橋夜泊』の碑

★蘇州運河遊覧
寒山寺から虎丘まで蘇州水路を舟で1時間遊覧して行く方法もあるが、今回途中で絹製品見学が組み込まれていたのでバスで虎丘まで。その虎丘の入り口前に運河の船着場があった。先に蘇州運河遊覧だ。
よく絵はがきで見る風景が目の前に飛び込んできた。一見綺麗な運河のようで実はあまり良くないと思われる。運河周辺で住む住民らにとってこの運河は今でも生活水路、洗濯や汚水も垂れ流し。水の色は濃い緑色となっていた。偶々運河のゴミをさらう清掃船と交差したが、かつて日本もこんな時代もあった筈。
上海と比べればかなり生活レベルは低いし、走り回る子供達を見ると、昔の日本の子供達とダブって見えた。
船着場 船内から
運河沿いの景色 今は旧正月、冠婚葬祭の集会か?
生活の匂いが・・・・ 運河でお洗濯

★虎丘斜塔
中国版ピサの斜塔。北に15度傾いている。伝説によると、紀元前・春秋時代に呉の国王夫差がこの虎丘の下に埋葬され、3日後に白虎がその辺に出没していたとか、丘全体が虎が座った姿に見えるとかで、その地を虎丘と呼ぶようになったらしい。そしてその斜塔(別名雲岩寺塔)は北宋時代に煉瓦で建てられ、高さ47mがいつの頃か地盤沈下で傾き始め、これ以上傾くと持たないと云われている。中には入れず、何も安置されていない。
階段を登る途中ある泉 これより頂上の斜塔へ
地盤沈下により北に15度傾く 煉瓦を重ね合わせた塔

以上、観光に関する内容はこれで終えるが、この日の夕食は上海カニディナープランをオプションで急遽チョイスした。季節的(9月〜11月に蘇州近郊で採れるもの)には最後なのである意味でチャンスかも。
それら食べ物や土産話など、これまでの体験談を次のページで紹介します。

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